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【小説】ココロの居場所 17

​その日は遅くに自宅へ帰り、翌日はいつものように出勤した。
結局頬はたいして腫れる事も無く、痣になることも無く、妻に何か言われることも無かった。
そもそもお互いに何も気にかけて無いのだから、気付いても何も言われなかったかもしれない。

何か言われるのが嫌なのではない。
そもそも声を聞きたくない。
妻が僕に何か用がある時は、まるで親の仇でも見るような目で話しかけてくる。
多分、僕も似たような顔をしているのだろう。
もう、長いことそんな感じだ。
喧嘩にならずに話が済むことがない。


仕事を急いで片付けて、帰りにいつものように柚葉の部屋に立ち寄った。
マンションのエントランスで部屋番号を押して呼び出しをするが、柚葉が出ない。
仕方なく合鍵でオートロックを通り、部屋まで行って呼び鈴を鳴らすが、やはり応答が無い。

居ないはずはない。
まだ一人では外出はできないはずだ。

鍵を開けて部屋に入ると、柚葉は玄関の目の前にあるキッチンに立っていた。
柚葉の右手には包丁が握られ、その刃先は左手の手首に向けられている。

リストカットは本気で死のうとしてやるわけではない。
だから手首を横切るように切る。
切った手首を風呂にでもつけない限り、血は止まってしまう。
しかし、柚葉の持つ包丁の刃は、手首に縦に向いていた。

まずい、縦はまずい。
本当に死ぬ。

「柚葉……」

僕は彼女を刺激しないように、なるべくそっと声を掛けた。
それでも柚葉は驚いたように、一緒ビクッと震えた後、ゆっくりと僕の方を向いた。

「手塚……さん?」

柚葉の声は震えていて、あまりはっきりと聞き取れない。

「そうだよ、どうしたの?」

僕はゆっくり靴を脱いで、なるべくゆっくりと柚葉に近づく。

「助けて……」

「どうしたの?僕がいるから大丈夫だよ。何も怖い事はないよ」
「『お前は死ななくてはならない』って、声がするの……」

「私、手塚さんにたくさん迷惑かけてるから……死なないといけないんだ」

「大丈夫だよ、迷惑なんてかかってないよ」
「柚葉が死ななきゃならない理由なんて無いよ」

声をかけながらゆっくりと近づき、手の届く距離まで来た。
しかし、どうやって包丁を取り上げれば良いのかわからない。
こういう場面に遭遇するとは思って無かったし、病院で貰った冊子にも、こんな時にどう対応するかなんて書いてなかった。

取り敢えず、柚葉の手首に僕の手を重ねてブロックし、それから包丁を持つ手に僕の手を重ねた。
包丁を持つ手を確保してから、ゆっくりと包丁を取り上げる。
爆弾を処理しているような気分だ。

包丁をシンクに置いて、やっと一息ついた。
先に包丁を持つ手を確保した方が良かったのか?
よく分からないが、まぁ、いい。

僕は柚葉を抱きしめ、背中をさすり始めた。
柚葉は声を出して泣き始めてしまい、僕は自分の迂闊さを呪った。
いつ自殺を図るか分からないと言われていた。
刃物は全て取り上げだ方が良いのだろうか。
しかし、刃物なんか無くても、ベランダから飛び降りられたらどうしようもない。
道具を取り上げてもダメなんだ。

柚葉の病状は、悪化してるのだろう。
今までこんな事は無かったし、母も何も言っていなかった。
僕と一緒にいる時は安定していて、柚葉が病気だという事を忘れてしまいそうになる。
ちょっと甘く見ていた。

この調子では、いつか、柚葉を死なせてしまうかもしれない。
今頃になって、そんな不安が僕の中に湧き上がって来る。
手のひらに、冷たい皮膚の感触が蘇る。

ダメだ。
柚葉を死なせてはダメだ。

死なせない。
死なせない。

絶対に死なせない。



【小説】ココロの居場所 はじめに
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【小説】ココロの居場所 1
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【小説】ココロの居場所 16

この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、組織等、すべて架空の物です。
投稿単語に制限がある為、単語に半角スペースが入っている事があります。
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コメント

非公開コメント

No title

話のペースとしてはまだ全体的にゆっくりなので、全体像が予測しづらいのですが…
とにかく重い、重すぎる。(++)
仕事もこなして子供の世話もしてこういう娘の監視もしないといけないとは、自分ならおかしくなりそうです。
というより手塚さん既におかしくなっているけど気づいてないだけなのかも。
その上、これから例のアホ嫁が絡んでくるわけですから泥沼一直線ですな。
こりゃあ…やっぱり例の黒い…(中断

Re: No title

きにちみさん
重い、暗い話だって言ったじゃないですかw
手塚さんの場合は、母ちゃんが手伝ってるので、まだマシでしようね。
ひとりでやってたら相当ヤバいことになります。

ちなみに、もう折り返し地点は過ぎてますので、残りはそんなに無いですよ。
多分、結末には納得行かないと思います。
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Author:Nocky
ILLUSIONのゲーム"プレイクラブ"、"ハニーセレクト"、"プレイホーム"のSSと、キャラに着せる洋服をメインに扱っています。
登場するモデルは全て成人です。

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